大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成7年(行ウ)112号 判決 1997年1月27日

東京中央区新川一丁目三一番八号ニックハイム七〇五号

原告

野口順子

東京中央区新富二丁目六番一号

被告

京橋税務署長 飯田廣行

右指定代理人

清野正彦

加治屋豊

山岡千秋

斎藤孝

寺島進一

渡邊曻

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が平成六年一月二五日付けでした別紙不動産目録記載の不動産の差押処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、平成六年一月二五日、原告所有の別紙不動産目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)を差し押さえる旨の処分(以下「本件差押」という。)を行い、浦和地方法務局草加出張所平成六年一月二七日受付第一九九四号をもってその旨の登記を経由した。

2  原告は、平成六年二月一八日、本件差押について、被告に対し異議申立てをしたところ、棄却されたため、同年四月四日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、平成七年二月二八日、これも棄却された。

3  しかし、本件差押は、原告が納税義務を負わない国税の徴収のために行われたもので、違法であるから、その取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2の事実は認めるが、同3は争う。

三  被告の主張

1  原告は、昭和六三年四月から平成五年七月まで東京都中央区銀座六丁目七番一三号所在の丸源第三一ビル五階の店舗(以下「本件店舗」という。)において「クラブマリエ」の名称でバー(以下「マリエ」という。)を営んでいたが、平成元年一月から平成三年一二月までの間に原告が従業員であるホステス等に支払った報酬等(別紙報酬一覧表の「支払額」欄記載の金額)に係る源泉所得税額の全額を法定納期限までに納付していなかったことから、被告は、原告が未納であった各月分の源泉所得税額(別紙租税債権目録順号一ないし三六の「本税額」欄記載の金額)について、国税通則法三六条一項二号に基づき、原告に対し、平成四年三月三一日付けで納税告知(以下[本件納税告知」という。)をするとともに、同日付けで同法六七条一項に基づいて算出した不納付加算税額(別紙租税債権目録順号一ないし三六の「加算税額」欄記載の金額)を賦課する決定(以下「本件決定」という。)をした。

2  被告は、平成四年五月二六日、原告に対し、本件納税告知及び本件決定を経て既に納期限を経過していた別紙租税債権目録順号一ないし三六の源泉所得税、加算税及び延滞税(以下「本件滞納国税」という。)の納付を国税通則法三七条に基づいて督促した。

3  しかし、原告は、その後も本件滞納国税を完納しなかったことから被告は、平成六年一月二五日、本件不動産を差し押さえることとし、同日、原告に対し差押書を送付し、同月二七日、本件不動産についてその旨の登記を経由した。

4  以上のとおりであるから本件差押は適法である。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

(認否)

被告の主張のうち、被告が本件不動産について本件差押の登記を経由したことは認めるが、その余は争う。

(反論)

1 本件差押は、原告に対し通知せずにしたものであるから、違法である。

2 原告は、昭和六三年三月二八日、三富桂子(以下「三富」という。)との間で、三富が丸源株式会社(以下「丸源」という。)から貸借していた本件店舗についての店舗設備リース契約(以下「本件契約」という。)を締結したが、三富が右転賃借について丸源の承諾を得なかったため、原告は、マリエの風俗営業許可を取得することができず、自らその営業をすることができなかった。結局、マリエの風俗営業の許可を受けていたのは三富であり、マリエの法的、実質的な営業者は三富であるから、原告は、マリエの営業者ではなく、実質的には雇われママであって、原告には給料を支払うべき従業員はおらず、ホステス等に報酬等を支払ったことはないから、原告にその源泉所得税の徴収義務はない。

五  原告の反論に対する被告の認否

1  原告の反論1は争う。

被告は、平成六年一月二五日、原告に対し、本件不動産を差し押さえる旨の差押書を簡易書留郵便で発送したところ、同日二七日、京橋郵便局職員が原告方に配達のため臨場した際、原告が不在であったため、右郵便局は同局に保管されたが、その後、京橋税務署の徴収職員から本件差押の事実を聞かされた原告は、右郵便物の受領を拒否したものであって、本件差押については、原告に有効に通知されたものというべきであり、本件差押の手続に瑕疵はない。

2  同2のうち、原告と三富の間で本件契約が締結されたこと、本件店舗の転貸借について賃貸人の承諾がなく、原告名義で風俗営業許可を取得することができなかったことは認めるが、その余は争う。

なお、本件決定にこれを無効とするような事由はないから、本件決定により原告に対する不納付加算税額は確定しているのであって、原告が本件納税告知に係る源泉所得税の納税義務を争ったとしても、原告の不納付加算税額が確定している以上、本件差押が違法となることはない。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件差押に経緯についてみるに、成立に争いのない乙第二号証、第三号証の一ないし四、弁論の全趣旨により成立の真正を認める乙第二一号証の一ないし三、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立の真正を認める乙第二二号証の一ないし五並びに弁論の全趣旨によれば、<1>被告は、平成四年三月三一日、原告に対し、本件納税告知及び本件を決定したこと、<2>被告は、平成四年五月二六日、原告に対し、本件滞納国税の納付を督促したが、その納付がなかったことから、本件不動産を差し押さえることとし、平成六年一月二五日、原告に対し、その旨の差押書を簡易書留郵便をもって送付したこと<3>右差押書は、平成六年一月二七日、京橋郵便局員が原告住所地に配達のため臨場した際、原告が不在であったため、京橋郵便局に保管されたが、その後、原告はその受領を拒絶したこと、<4>被告は、平成六年一月二七日、本件不動産について本件差押の登記を経由したこと(この点は当事者間に争いがない。)が認められる。

右事実によれば、原告に対する差押書は、原告の了知し得る状況に置かれたものであって、適法な送達があったと解するのが相当であり(通知せずに本件差押をした旨の原告の主張は失当である。)、本件差押は、適式の手続を経て行われたものということができる。

三  原告は、マリエの営業者は原告ではなく、原告はホステス等に報酬等を支払ったことがないから、その源泉所得税の徴収義務はないとして、本件差押を争うものであり、本件納税告知及び本件決定の無効を理由に、本件差押の違法を主張する趣旨と解される(なお、被告は、源泉所得の徴収義務がないとしても、本件決定は無効とならない旨主張するもののようであるが、独自の見解であって採用の限りでない。)

そこで、検討するに、原本の存在及び成立に争いのない甲第三号証、第六号証の二、成立に争いのない乙第一号証、第八号証の二、弁論の全趣旨により成立の真正を認める乙第一一、第一二号証、第一七、第一八号証、第二三、第二四号証、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立の真正を認める乙第一三号証の一ないし三、第一四号証、第一六号証の一、二、第一九号証によれば、次の事実が認められる。

1  三富は、昭和五六年頃から、丸源から本件店舗を賃借して、「だぶるぼぎー」の名称でバーを経営していたが、母親の看病のために、バーの経営を止めることとし、平山企画株式会社の仲介により、昭和六三年三月二八日、原告との間で本件契約を締結した(原告と三富との間で本件契約が締結されたことは当事者間に争いがない。)

本件契約は、契約書では店舗内設備についてのリース契約となっているが、原告が本件店舗を使用してバーを経営することを目的とし、その使用の対価として月額六五万円の賃料と六万三〇〇〇円の管理費を三富に支払うこと等を内容とするもので、その実質は、本件店舗の賃貸借(転賃借)契約である。

2  原告は、クラブのホステスをしていたが、昭和六二年頃から独立して店を経営したいと考え、物件を物色していたもので、本件契約を締結する際には、原告が独立して営業できること、本件店舗の名称を「だぶるぼぎー」から「クラブマリエ」に変更することを契約の条件とし、三富もこれを了承した。そして、契約書において、三富は本件店舗における経営の内容に一切立ち入らないものとする旨定められ、実際にも、三富は、「だぶるぼぎー」の経営を止めた際、それまで雇っていたホステスを全て解雇し、原告がマリエの経営を始めるに当たっては、原告自身が募集広告などを利用して新たにホステスを採用し、その後も、三富がマリエの経営に関与したことは全くなかった。

3  原告は、昭和六三年一〇月、マリエの営業について、食品衛生法二一条による許可を得たが、風俗営業の許可については、丸源から本件店舗の転賃借についての承諾が得られなかったため、原告名義で許可を受けることができず、三富が従前受けていた風俗営業許可を利用して営業せざる得ないこととなり(賃貸人の承諾が得られなかったため、原告名義で風俗営業許可を取得することができなかったことは、当事者間に争いがない。)、右許可に係る営業所の名称を従前の「だぶるぼぎー」から「クラブマリエ」に変更した。

原告は、自己名義で風俗営業の許可を取得できないまま、店の看板なども取り替え、本件店舗においてマリエの営業を開始したが、その売上げの管理、経費の支払などは全て原告が行い、その収益も原告に帰属していたもので、所得税については税理士に依頼して申告を行っていた。

4  原告は、マリエの営業に伴い、バーテン、ホステス数名(アルバイトを含む。)を使用し、それらの者に源泉徴収をして給与、報酬を支払っていたが、平成元年一月から平成三年一二月までの間、原告が右ホステス等に支払った報酬等の額は別紙報酬一覧表の「支払額」欄記載のとおりであり、その源泉徴収税額は別紙租税債権目録順号一ないし三六の「本税額」欄記載のとおりである。

5  なお、三富は、原告が更新料の支払をしないことなどから、本件契約を解除し、平成四年九月、本件店舗の明渡し等を求める訴訟を提起したところ、原告は本件店舗の転賃借について丸源の承諾が得られず、風俗営業の許可を受けられないことなどを主張して、これを争ったが、結局、平成六年六月二〇日、原告に対し本件店舗の明渡し等を命ずる仮執行宣言付き第一審判決が言い渡され、同年七月、本件店舗明渡しの仮執行が行われ、本件店舗でのマリエの営業は廃止された(右第一審判決の本件店舗の明渡し部分については、その後、控訴審及び上告審においても維持され、既に確定している。)。

四  右認定した事実によれば、マリエの営業は原告の費用と計算において営まれたものであり、三富はその経営に一切関与しておらず、マリエを経営していた者が三富でなく原告であったことは明らかである。原告は、原告名義で風俗営業の許可を受けられなかったことから、マリエの営業主は原告ではないと主張するもののようであるが、風俗営業の許可は、風俗営業を営むためにはこれを受けなければならないという行政上の規制であって、原告がその許可を得ていないからといって、原告の計算において実際にマリエの営業主であることを左右するものではない(風俗営業の許可の名義が三富になっているからといって、本件において、三富がマリエの営業主であり、原告がいわゆる雇われママになるというものではないことはいうまでもない。)。

ところで、源泉徴収制度は、給与、報酬等特定の所得の支払者に対し、その支払の際、その金額について一定の所得税を徴収してこれを国に納付する義務を課すものであり、バー等の経営者がホステス等に対して給与、報酬を支払う場合には、その支払の際、その報酬等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月一〇日までにこれを国に納付しなければならないとされている(所得税法一八三条一項、二〇四条一項六号、二項三号)のであるが、ここに経営者とは、実質的に自己の計算においてバー等の営業を営んでいる者をいうと解すべきであるから、本件においては、原告が、マリエの経営者として、そのホステス等に支払う報酬等について所得税の源泉徴収をする義務を負っていたものというべきである。

そうすると、原告に源泉所得税の徴収義務がないことを理由に本件納税告知及び本件決定の無効をいう原告の主張は失当であり、本件差押は適法である。

五  よって、原告の本件請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤久夫 裁判官 岸日出夫 裁判官 徳岡治)

別紙不動産目録

一 所在   埼玉県草加市弁天町字宮沼

地番   七六番三一

地目   宅地

地積   八〇・九七平方メートル

二 所在   埼玉県草加市弁天町字宮沼

地番   七六番三八

地目   宅地

地積   一三・八六平方メートル

三 所在   埼玉県草加市弁天町字宮沼七六番地三一

屋号番号 七六番三一

種類   居宅

構造   木造亜鉛メッキ銅板葺二階建

床面積  一階二八・一五平方メートル

二階一九・八七平方メートル

四 所在   埼玉県草加市弁天町字宮沼七六番地三一

屋号番号 七六番三一の二

種類   居宅

構造   木造スレート葺二階建

床面積  一階一六・五六平方メートル

二階一六・五六平方メートル

別紙報酬一覧表

1 平成元年分

<省略>

2 平成二年分

<省略>

3 平成三年分

<省略>

(別紙)

租税債権目録

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例